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榎本さん本 短編

お気に入りのブログSakoさんに感化されて、山田風太郎の明治物の本を古本屋に探しに行ってきました。
お目当ての「幻燈辻馬車」は見つからなかったのですが、「明治波濤歌」の上巻を見つけました。上巻には「それからの咸臨丸」「巴里に雪のふるごとく」「風の中の蝶」の3つの短編が収録されていて、「警視庁草紙」同様、明治の実在の人物を巧に事件に絡ませています。


「それからの咸臨丸」は、官軍の人間ばかりを狙う、世間を騒がした強盗「ヒョットコ組」の犯人である元咸臨丸の乗組員・吉岡艮太夫が、強盗して得た金を軍資金として榎本軍に加わろうと画策中に、弟と間違われて牢に入れられ、その間に戦争は終結。そこに箱館戦争で降伏した榎本武揚が入牢してきます。

榎本に向かって「あなたの名誉と士道のために、あなたが死なれなんだ事を甚だ残念に思う」と言う艮太夫に、榎本は胸の内を吐露します。「榎本は、このままで死ぬにゃ、日本のために惜しすぎるよ」と。「オランダで海軍や万国法を学び、科学的技術的知識においては自分は今の日本では第一人者である。士道のために死ぬか、お国のために生きるかを考えて後者を選んだのだ」と。
実際、赦免されて新政府に出仕後の榎本は、その知識を活かして薩長閥の中において「明治最良の官僚」と言われるのですが。-それでも-と作者は続けます。「オランダ帰りのこの海将が、義と侠の旗の下に五稜郭で壮烈な死を遂げていたら、あるいは彼こそ、維新の嵐における最大のヒーローとなり、永遠に日本人を鼓舞する幾人かの叙事詩的英雄の一人として残ったのではあるまいか」と。

今現在、その役は土方さんが負っているように思います。もしも、土方が箱館で戦死せずに生き延びていたら・・・きっと今あるような人気はなかっただろうなと思います。ヘタすれば「幕末のテロリスト集団の副長」で片付けられていたかも知れません。最後まで戦って壮絶な戦死を遂げたからこそ、「最後のサムライ」として名を残し、日本人が好む英雄的存在になっているのだと思います。
士道を全うし、戦死または自決して英雄として名を残すか、死なずにかつての敵に仕え、「変節漢」と呼ばれながら生きるか…。たとえ、後に爵位を与えられる名誉を戴いたとしても、生きていく方が辛く、勇気がいる事かも知れません。変節しなかった人達でも、不器用な人達は新しい世の中で生きることが辛く、相馬さんのように自決したり、市村鉄之助のように西南戦争に身を投じたりしている人もいますしね。

榎本さんは、箱館戦争に関する記述を一切残さず、決して言い訳もしなかったそうです。おそらく、首謀者なのに生き残って新政府に仕えている自分が、決して語ってはいけないと思ったんじゃないでしょうか。だから後年、福沢諭吉に「痩我慢の説」で糾弾されても、真っ赤になって怒ったらしいのですが、結局何も言い訳しなかった。

この小説の中で、榎本は目を輝かせて艮太夫に「牢を出たら蝦夷へ行け」と言います。「あそこには内地で望みを失った男たちが生きてゆくに足る天地がある」と。艮太夫は士道の呪縛から解放され、希望を胸にするのですが・・・。

「巴里に雪のふるごとく」は大警視・川路利良が視察団の一行としてパリに行った先で、日本人女性の殺害事件が起こり・・・。ビクトル・ユーゴーやゴーギャン、ヴェルレーヌまで登場します。

「風の中の蝶」は自由民権運動に関わった人たちの話。北村透谷、南方熊楠らが登場します。ここに多摩の天然理心流の名手・土方襄之助なる人物が登場。さて、この人は?

山田風太郎の明治物、面白いです。あぁ、こちらにも手を延ばしてしまいそうです。これ以上どないすんねん・・・。

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